一畳ブログ

 


**Fresheeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeeers!**






「本当にここでいいんですか？」

路肩にウィンダムを停めて助手席の高耶を覗きこむ。
まだ目的地にはひと駅近くある。

「本社前に車横付けする新入社員がいるかよ！」
「それもそうですね」

バックミラー越しに睨む高耶の瞳を見て直江は少し背中を丸めて苦笑いをこぼした。
ダークグレーのスーツ姿の高耶は前髪を直したりネクタイを結んだりと世話しない。

「あんな子供だった高耶さんが新入社員とは時間がたつのも早いですね」

ハンドルに体を預けてそのしぐさを眺める直江はどこか感慨深そうで。
出会った頃はまだ高耶は高校生で、直江も20代だった。
それがいつのまにか共に酒を酌み交わすことのできる歳になったのだから、その月日は矢の如く過ぎ去ってしまっても確実に二人は年をとっているのだ。
まだ幼さの残る顔は日増しに大人になり、身長もまだ直江の方が高いがその差は出会った時よりも縮まっている。

「もう美弥だって大学生だぜ」

少し低く艶めいた声が長野に住む妹の名前を呼んだ。
その時だけは今も昔も変わらない兄の顔をしている高耶を見て、最近は自分を頼ることも少なくなった大人の姿に寂しさを覚える。

「くっそ…」
「全く、高校のときに結んでいたでしょう？」

真新しいネクタイは新社会人の祝いだと綾子からもらったものだ。
身をつつむスーツは一ヶ月前に直江と共に採寸にいったオーダーメイドのもの。
高校や大学時代には考えられないような畏まった服装に高耶は悪戦苦闘するばかりで。

「高校のネクタイなんかつけときゃよかったんだよ…あー！」

結び目がうまくいかないのかイライラしながらネクタイをいじる高耶の胸元に直江が手のひらを向ける。
直江はするりと不格好なタイをほどき、なれた手つきで高耶の真新しいシャツの上に綺麗な三角形を結んだ。

「ほら、」
「おー、直江がやってるの見てたからできると思ったのに」
「慣れ、ですよ。できなくても私が結びますから」

新婚のようでいいでしょう？と目尻にシワを寄せて柔らかな笑みを向けられれば、首から真っ赤にしてバカ野郎、と高耶が呟いた。

「ここからは電車なんでしょう？」
「おう」

遅れますよ、と名残惜しそうに高耶を眺めていた直江が助手席のロックを外した。
大通りには高耶と同じように新しいスーツに身を固めた新社会人が溢れている。

「コート持ちました？」
「あぁ」
「鞄は？ハンカチは？」
「大丈夫だ。じゃあな、行ってくる」

直江の確認の言葉にひとつひとつ手を当てて高耶が持ち物を確かめる。
財布、携帯、筆記用具。
忘れ物はない、とドアを開けようと手を伸ばした時、それを遮るように運転席の直江に呼び止められた。

「なんだよホント遅刻しちまう」
「すみません、一個忘れ物見つけました」

眉毛を少し上げて訝しげな瞳を呼び止めたことを申し訳なさそうに微笑む直江に向ける。
唇を尖らせどうした？と首をかしげ高耶はじっと直江を見つめた。
近づく直江の顔。そして触れるだけの口づけ。
お互いの体液を交換するような厚いものではなく、ただ触れるだけの軽いキス。

「お、まえ・・・」
「行ってきますのちゅう、忘れてましたよ」

突然のことで目をぱちくりさせながら固まる高耶の唇に人差し指をさし出して直江はいたずらめいた微笑を浮かべた。

「ほら、続きは帰ってから、ね？」

どこ頬を赤らめながら助手席を出て、大股で駅へ向かう高耶を視界の端に消えるまで、楽しそうに、そして、か一筋の心細さを含んだ視線で、直江はずっと見つめていた