一畳ブログ

**僕の前に道はない**




 「ねえ、巻ちゃん」

床に長い手足を伸ばしてくつろぐ巻島の横で、彼とは反対にぴっちりと膝をそろえ、股に白くなるまで握りしめられた拳をのせて、背筋をただして正座をする東堂。

「あぁ？」

長い髪を掻きあげてゆっくりとした動きで巻島が緊張してひきつる東堂に視線を遣れば、びくり、と痙攣してそっと目を伏せる。
明らかにおかしいのは誰の目から見てもわかる。
いつも余計なことまでペラペラと調子よくしゃべる男とは思えないくらい静かだった。

「言いたいことがあれば言えばいいっショ」
「う、うん」

冷静――普段通りの声・調子の巻島に東堂はもぞもぞと体を蠢かして視線を泳がせる。
挙動不審な東堂をいぶかしむように、脇のローテーブルに肘を着いて顎を支えて真っ直ぐ視線を送った。

「尽八ィ」
「あっ、うぅー」
「言いたくなけりゃ言わなくていいけどよ」
「あっ、うっ…巻ちゃぁん」

きらりと部屋の蛍光灯が細められた瞳に反射して酷く艶めかしい。
同じ歳だというのに大人っぽい仕草、容姿を持つ巻島にどくり、東堂のまだ子供のような心がひとつ大きく脈動した。

このままでは自分ひとりが取り残されて、巻島だけがどんどん先に歩いていってしまいそうな気がして、隣に痛くて、隣に並びたくて、動揺ばかりして撥ねる心をとめたくて。
すう、
息を大きく吸い込む。
そうすればざわざわと波立つ心が少しだけ、ほんの少しだけ落ち着いた気がして。

「ねえ、巻ちゃん」

東堂はもう一度名前を呼ぶ。
今度は真っ直ぐ巻島の瞳を見つめて。

「俺さ、」
まだ声は震えていたけれども。
「カッコ悪いのヤで言えんかったけど、」
「うん」


「……ど、童貞なんよね」

優しく頷く相手に一瞬躊躇うも恥ずかしくて言えなかった言葉を零す。

「………ぷっ、そんなことかよ」
「ま、巻ちゃん!!笑わんでも!!」
「そんなこと気にしてたのかァ？恥ずかしがること無いショ」
「え？」

自分より大人な雰囲気の相手なのだから、自分よりも一歩も二歩も先に進んでるような気がした。
自他ともに認める女子ファンが多い自分がまだ童貞だなんて、口にするのは恥ずかしくて。
意を決して口にしてみれば、目の前の相手には笑われて。

「でも、、初めてで、巻ちゃん傷つけちゃうかもしれんし!!」
「…うん」
「モテモテの俺ばっか初めてとか恥ずかしいだろう？」
「クｧハハハ」
「巻ちゃん!!」

止まることのない巻島の笑いにおろおろ戸惑い、真っ黒な瞳はゆらゆらと部屋に視線を惑わせる。

すう、と長い巻島の手が伸びて正座姿でかちこちに固まった東堂の体に絡みついた。

「尽八ィ」
「ま、巻ちゃん？」

巻島の顔が近づいて瞳の中に歪んだ自分の顔が見えた。
ふっと東堂を映した目が細められる。




「何で俺も童貞だって思わねェの？」




ごつり、つけられた額からドキドキとたかなる鼓動が伝わってくる。
合わさった部分に心臓があるみたいに、どちらともいうことのできない心音が２人の体に響き渡る。

そうだ。
いくら大人びて見え立って、彼だって自分と変わらない歳の変わらない男子高校生なのだ。
自分ばかりが追いつかないと背伸びしなくてはとただ焦っていただけなのだ。
憧れににも似た恋情にどこか理想ばかり見ていたのかもしれない。
彼だって、ただの高校生だというのに。

「ねえ、巻ちゃん」
「ん？」

伸ばされた腕に白い指を這わす。
身長が低いから、座っていても巻島を見上げる形になった。
触れた額はまだ熱い。

東堂はゆっくりと口を開く。
もう震えも止まっていた。
もう、怖いことはなかった。






「先に進んでもいい？」